淡々とした毎日
書くことがなくても書く。なんのためかわからないけど、とりあえずやる。大体、俺が映画を撮るのだって、なんのためかわからない。誰のためになってるんだ? 金を稼ぐのが目的なら、もっと他にできることもあるだろう……と思ったが、考えたら俺は他の仕事は映画以上にデクノボーなので選択しようがないな。いまだに会社での電話の出方とかわからないし。電車の中で最近やっている「マナー講座」みたいの見ても、「とてもできやしねえ」と落ち込んでしまうもんな。
プロット作業をちょっとする。
去年から少しずつスタニスラフスキーの唱えた俳優教育システムについて勉強している。感情を想起させる方法のくだりなど面白い。大学生のときに、メルロ=ポンティやプルーストを読んだときをちょっと思い出す。不思議に思われるかもしれないけど、8ミリ映画をやっていたときに、俺が演技についてある「発見」をしたきっかけは現象学にあった。なぜか俺は独我論的な方向では現象学を読まず(いや、現象学者は現象学は独我論じゃないよって言うだろうけど)、人間と世界との関わり方の具体的な記述だと思って読んでいた。どんな本を読んでいても、映画(の作り方)と結びつけて考えてしまうからだろう。
スタニスラフスキーの『俳優の仕事』は奇妙なことに、小説として書かれている。でも本屋で置かれているのは演劇のコーナーなので、世界文学などに興味がある人にはなかなか発見されにくいのではないだろうか。ナズヴァノフという俳優志望の若者の「日記」という形式で書かれている。そして彼が先生から教わった俳優論が展開される、という構成になっているんだけど……途中でナズヴァノフは風邪をひいて、「今日は授業に出られなかった」などという展開があったりする。なんて自由すぎる教科書なんだろう。一瞬、『トリストラム・シャンディ』かと笑ってしまった。でも実際小説としても面白いので、広く読まれて欲しいな。そしたらまたみんなで議論もできるでしょ?
