読み終えた本

『橋の上の「殺意」』。畠山鈴香による殺人事件を巡るルポ。実のところ、これを読むまでマスコミ報道で知った「虚像」でしかこの事件を知っていなかった。そして、びっくりするのが裁判でも、鈴香の娘の最期の真相は結局明らかにされていなかった、ということ。俺は報道が印象づけたように、畠山鈴香は嘘つきの殺人犯なのだと思い込んでいた。過剰な演技をする殺人犯だと。しかし、このルポに登場する鈴香の健忘ぶりに、俺はゾッとしてしまった。人間にはこんなことが起こりうるのだ、と迫真をもってこの本は描いてみせる。
あまりのショックのために娘に起きたことは忘却されてしまい、帰宅して「娘はどこだろう」と探しまわる鈴香。裁判でも、本気で「真相」を知ろうとする鈴香。
裁判員制度直前ということで、テストケースとして公判前手続きで争点が整理されてしまい、真相がきちんと究明されなかった事件。検察も弁護側も、争点以外に目を向けなかった。その結果、橋の上で本当になにが起きたのか、誰にもわからなくなってしまった……。著者は、ある仮説を提示するのだが、それが裁判においてではなく、こうしたルポの中、ということに暗澹としてしまう。
橋の上の出来事から、帰宅して娘を探しまわる数日の出来事を、映画で観てみたいと思ってしまった。目の前のスクリーンで、誰にも理解できないような本当のことが起きる……。
共感できないが、説得力を持つ現実の迫力。ルポを読んで感動するのはそういうところだ。